簿記のスペシャリストによるこっそり裏講義

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 あけましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いいたします。

 2011年もいろいろなことがありましたが、何はともあれ新年となりました。年末年始の新聞・ニュースも暗い話題が多いですが、前を向いて歩いていかなければなりません。皆さんもいろいろな課題を抱えていらっしゃることかと思いますが、今年も何とかがんばっていきたいと思います。

 さて、新年といえば一年の計ですね。一年の目標を設定する前に、昨年の目標を達成できたかどうか確認したいと思います。昨年の最初のブログでは、ぎらぎらした自分を取り戻すこと目標としました。完全に目標達成とはいきませんが、少しは目標が達成できたかもしれません。

 昨年のブログで書いたように私がいうぎらぎらとは「いろいろなことができ、多くの知人に囲まれ、欲しい物を手に入れたい」という欲求です。今年は仕事上で、様々なデータ分析を行う機会があり統計分析のスキルを身につけることができたと思います。授業評価アンケートなどを統計処理すると、意外なことがわかったりします。いろいろできるようになったとはいえませんが、少なくとも新しいことが1つできるようになりました。

 知人も少し増えたようです。それによって新しい仕事が始まりましたので、この点については十分目標達成といえるでしょう。

 しかし、欲しい物を手に入れることはできませんでした。というよりも、欲しい物がないといった方が正しいかもしれません。昨年買ったのはスマホと新しいPCくらいです。どちらもすでに持っている物の更新需要ですから、欲しい物を手に入れたという感覚はありませんね。かわいい息子たちに囲まれて、しっかり者の妻がいて、衣食住に困らないと、欲しい物も出てこないんですね。別に贅沢な物を食べているわけではないんですよ。でも、これって、新しいことに挑戦していないから、自分の中で新たな需要が生まれてないんですよね。仕事にしろ、プライベートにしろ、何か新しいことをはじめれば、その新しいことのために必要なツールなど、何かしら欲しい物・必要な物が出てくるはずなんです。でも、それがないってことは、まだまだ新しいことへの挑戦が足りないということでしょう。

 これで今年の目標は決まりですね。なんとしても、欲しい物・必要な物を見つけることですね。そのために新しいことにチャレンジしなければならないこともわかりました。これを今年の目標としましょう。もちろん、新しいスキルを手に入れること、知人を増やすことは今年と同じくらい取り組みましょう。皆さんは、今年の目標をもう決めましたか?



 皆さん、こんにちは。

 前回は、私事につきあっていただいてすみませんでした。

 子供が誕生したことは非常にうれしいのですが、私の悪い癖か、すぐに現実に引き戻されてしまいます。それは、生まれてきた彼はすでに1,000万円近くの借金を背負っているということです。

 国と地方・特殊法人の借金をあわせて人口で割るとだいたい1人あたり1,000万円の借金を背負っていることになります。国全体の借金が1人1人の個人勘定に分けられていないだけで、借金の返済・利息の支払いはすべて国民が納める税金からなされます。

 これだけ借金があり、さらに毎年歳出が歳入を超えている状況は、とてもいいものとは思えません。借金を返済するためには増税する必要があるでしょうし、歳出を歳入以下にするために支出をカットする必要があるでしょう。おそらく、どちらかだけで日本の財政状況をよくできるような秘策はないと思います。

 ですから、我々国民は日本をこのような状態に至らせるような政策しか実行できなかった政治家を選んだことを後悔しつつ、この状況を改善するために前向きな政治家を選ぶ必要があります。そこではやはり2つの視点(支出カットの方法と増税の方法)が必要です。
 このうち増税については、子供の誕生に際して次のようなことが頭をよぎりました。現在、社会保障を中心に「世代間の不公平感を是正する必要がある」ということがよく言われています。要は現在の現役世代(特に30~40歳代は払いすぎ、高齢者はもらいすぎなので、高齢者給付を引き下げようなんて話です。でも、小さな子供を持つ現役世代からみると、世代内でも大きな不公平感を感じます。

 私は2人の子供を育てるために大きな経済的負担を負っています。大学まで公立に生かせても数千万円の教育費がかかるというようなことがよく言われていますから、子育てに大きな経済的負担がかかることは多くの人がご存じでしょう。

 そして、財政の大きな負担となっている年金システムの点から見ると、私が育てた子供は20数年後から、年金扶養システムに組み込まれて不特定多数の高齢者を扶養することになります。つまり、私の個人資産が子供を経由して、将来の高齢者に配分されるわけです。たぶん将来の高齢者は、現時点の私と同年代でしょうから、もっと極端な言い方をすれば、私は「子供」という口座に貯金して、その貯金が30年後くらいから私と同年代の他人に支払われるわけです。

 もちろん、子供を持つことは単に経済的負担の面だけからとらえることはできません。前回も書いたように、どうでもいい漫才みたいな時間が活力となるといった面もあります。しかし、増税という観点から、少子高齢化をどうにかしなければならないという国策として子供問題を見る場合には、子供を持っている人に何かするのではなく、子供を持たない人から税を徴収するのが適当だと思います。つまり、成人は、現在支払っている保険料以外に、個人資産を「子供」を経由させて将来の日本経済に貢献するか、個人資産を「国(税金)」を経由させて現在の日本経済に貢献するか、という義務を負うのだと思います。

 生涯未婚率も高まっていますし、結婚や子供を持つことは個人の自由ですから、それに対して税に関するインセンティブを導入することには大きな反対がでるでしょう。しかし、国策にあう活動をしている企業・個人にはすでに税の優遇措置(相場低迷時の現在、株式の売却益課税は半額になっている=どんどん売買してくださいということ。住宅を買うと10年間にわたって税金が安くなります=住宅産業は裾野が広いので経済に大きな影響を与えるから、どんどん家を買ってくださいということ)があります。それなら、国策にあわない活動を行っている人に対して他の人よりも高い税を課すことはそれほど難しいことではないと思うのですが・・・。税の優遇ではなく、増税にすれば、財政も好転するかもしれないし。みなさんいかがですか。



21

2011/12

祝 誕生!

9:28:07 | 未分類 |

 皆さん、こんにちは。

 私事ながら、このたび第2子が誕生し、いよいよ私も2児の父親となってしまいました。0歳児と3歳児を抱えて毎日奮闘です。数年前までは嫁さんと2人で結構悠々自適な生活をしていました、もう180°反転したような生活ですね。

 朝は4時頃起きます。そして、出勤まで4時間ほど自宅で仕事をします。授業の準備をしたり、原稿(ブログ・質問回答・テキスト・問題集などなど)を書いたり、運営のための事務作業をしたり、新聞を読みながら朝食を食べたりと、すぐ4時間くらいたってしまいます。

 そして、夕方までは職場で仕事をし、19時頃家に帰ります。自分が夕食を食べつつ、上の子に夕食を食べさせます。食事が終わり、上の子→下の子の順でお風呂に入れると、もう21時すぎになっています。よい子はもう寝る時間です。私、上の子、下の子、妻の4人で並んで寝ます。平日はこのような感じで毎日が過ぎていきます。私は子供を喰わせるために働いているようです。息子に言われます。

息子「お父さんたくさん働いてきてね!」
私 「はいはい、わかってますよ。」
息子「はいは1回でいいでしょう」

 もうなんだか、漫才のようです。でもすでに親になっている方はおわかりになると思いますが、このどうでもいい漫才みたいな時間が明日への活力なんですよね。無料のエネルギー補給ドリンクを飲んでいるようなものです。

 平日は、私が日中仕事をし、妻は1人で2人の子供の面倒を見ながら家事をするという役割分担です。ですから、平日の夜、土曜・日曜は2人で子供の面倒と家事を分担します。大人と同じペースで食事ができるようになるくらい子供が大きくなるまではひたすら子供の世話をする日が続くのでしょうね。

 家族が4人になり、「おぉ~!」と思うことが1つありました。住民票です。住民票は5人の記載ができるようになっています。独身の時には、住民票には自分1人分だけが記載されます。結婚すると自分と妻。2008年からは自分と妻と長男。今年からは自分と妻と長男と次男。1枚の住民票には、あと1人しか載せることができません(もちろん6人以上になれば2枚発行してもらえるのでしょうが)。あと1人載せようか載せるまいか?



13

2011/12

劇速PCその2

9:51:13 | 未分類 |

 皆さん、こんにちは。

 前回、PCの新調について書きましたが、PCが劇速なのは、もちろん、起動と終了だけではありません。

 私も世の中の多くのお父さんがやっているように、子供の成長をビデオで作成して、それを田舎の両親におくっています。最近はビデオカメラもハイビジョンです。ハイビジョンで撮った動画を、BDに書き込みます。ただ、単にコピーするだけではなく、BDプレーヤーで再生できる形で書き込まなければなりません(田舎の両親は、BDレコーダーでしか、BDを再生できない!)。すると、編集ソフトで何らかの処理が必要になるようで、旧PCではBDを1枚作成するのに8時間くらいかかっていました。ですから、田舎の両親に送るBDを作成するときには、夜寝る前にソフトを動かし始める必要がありました。

 それが、なんと、新PCでは約1時間! CPUの処理能力が格段に上がり、CPU内に動画処理をするための特別なプログラムがインプットされ、処理するための作業領域がSSDになった結果です。たった4年で作業効率8倍です。私の仕事の処理能力は4年で8倍になったでしょうか? このペースでいくと、近い将来にPCの処理能力は人間の処理能力を超えてしまうのではないか? と一抹の不安がよぎった次第です。

 それはさておき、新PCのいいところはほかにもたくさんあります。

 今回はデスクトップ型にしました。AVコンポのような横置きのデスクトップ型です。ですから、機能(パーツ)を自由に追加できます。とりあえず、今はPCとしての基本機能だけですが(といっても、最近は基本機能でほとんど事足りてしまいますね)、今後はいろいろと追加していく(いきたい)予定です。年末年始の休みの時にでも、とりあえずテレビチューナーでもつけて、モニターをもう1台買ってデュアルモニターにでもしましょうかね。

 また、非常に静かな点もいいところです。CPUファンも標準のものから静音ファンに変更しています。もうほとんど無音です。ノートPCの時はちょっと負荷をかけるとファンが非常にうるさかったものです。どうしても小さいファンしか内蔵できないのですから仕方ないといえば仕方ないのですが、いらいらしているときにはそのいらいらを倍増させる効果がありました。しかし、これだけ静かなPCだと仕事もはかどりそうです。

 さらに、単に、“新しい”というだけでやる気が出たりもします。所詮私も俗物ですから、ちょっとえさを与えられると喜んじゃうわけです。4年使うPCが10万円ならば年間2.5万円、月あたり約2,000円です。2,000円でこの快適さが手に入るならば、十分なコストパフォーマンスです。



06

2011/12

劇速PC その1

10:15:13 | 未分類 |

 皆さん、こんにちは。

 春先まで自宅内外のネットワーク環境のアップデートを一生懸命やり、その結果をこのブログで報告しようとしていたのですが、スマートフォンを購入するところで止まってしまいました。なんのことはありません。自分の効率性が低いために仕事をこなすことができず、PC環境のアップデートに時間を回せなかっただけのことです。

 そういう言い訳ばかりしていると、いつまでたっても環境のアップデートはできません。そろそろネットワーク環境だけでなく、ネットワークの中心にあるPCの能力不足も感じるようになってきたので、今回は思い切ってPCを新調しちゃいました。

 といってもITパスポートの講師ですから、メーカー製のPCを買ったりはしません。すべてのパーツを買い集めての自作です。今回は次のような構成で自作してみました。
  
CPU:core i7 2600k
  メモリ:8G
  システム用SSD:64GB×2(RAID)
  データ用HDD:2TB
  
 これまで使っていたPCは4年くらい前に購入したノートPCで
CPU:core2 duo 1.8GHz
メモリ:2GB
HDD:250GB
という構成でした。仕事場の作業環境が狭いので仕方なくノートPCをつかっていました。しかし、今回は仕事場が多少広くなったので、デスクトップPCに更新しました。この新しいPCを2011年初頭に買った27インチディスプレイにつなげて使い始めました。
 
 なんと快適なこと! OSがVistaから7に変わったということもあるのでしょうが、SSDのRAIDがこんなに劇速なものとは! 20秒くらいでWindowsが起動して使える状態になります。いままでは、ノートPCということもあり、起動して使える状態になるまで最低でも3~4分かかっていたのが嘘のようです。

 また、シャットダウンは10秒くらいで終わっちゃいます。ウィンドウズボタンのシャットダウンをクリックすると、「シャットダウンしています」という画面が出るとすぐに、電源が切れます。



29

2011/11

所得再分配の一方で

10:27:44 | 未分類 |

 皆さん、こんにちは。

 最近は円高も定着してしまって大変の状態が続いていますが、政府も今年何度か為替介入を行い、何とか事態の打開を図ろうとしているようです。為替介入の当日は強烈に円安に振れるのですが、しばらくすると介入前の状態に戻ってしまいます。
さてこの為替介入ですが、政府は短期政府債券を発行して円を調達し、その円を売ってドル(ユーロ)を買うことによって介入しています。要するに、借金で調達したお金で為替取引を行っているわけです。3月は80円近辺でドル買い、8月は77円近辺でドル買い、10月は75円近辺でドル買いをしており、現在の状態では為替差損が出ている状態です。

 円高がきつくなると、FX等を通じて円売りをする人が出てきます。例えば76円くらいで円売りポジションをもっていた人は、政府の為替介入によって80円くらい円安になると為替差益を得ることができるわけです。為替介入が行われた時期は、円高がきつくなってそろそろ為替介入が行われるだろうという予測のもとで円売りポジションをもっていた人が多く、その人たちが円売りポジションを決済するために円買いすることによって、せっかく政府が円売り介入しても、しばらくすると介入前の状態に戻ってしまうという結果になっているといわれています。

 つまり、政府が借金して為替介入して抱えた為替差損は、FX等を通じて為替取引をしている人の利益となっているわけです。政府の借金はすべての国民が等しく返済します。FX等を行っている投資家はそれなりに資産運用をしている人でしょう。ということは、国民全体からある程度資産のある人に富が移転したことになります。

 今は折しも、東日本大震災で被った損失を国民全体で負担しようとしている時期です。もちろん、このような国民全体から被災者への富の移転に反対する人は誰もいないでしょうし、速く復興してもらった方が日本全体のためです。一方、為替介入は円安にして輸出企業を助けるために行われたはずですが、結果はさらなる円高を招いているだけでなく、国民全体から投資家への富の移転まで引き起こしています。

 さぁ、どうすべきですかね。



22

2011/11

若い人よ、大変だ!

11:42:05 | 未分類 |

 皆さん、こんにちは。

 100年安心という大々的な触れ込みで改正された年金制度は10年もたたないうちにボロボロのモノになってしまいました。改正された時点でも賃金上昇率・予定運用利率などがちょっと無理な感じに設定され、それは楽観的すぎるだろうという批判が新聞等でなされていました。

 賃金上昇率は年間2.5%~3.4%上昇し(つまり、年金制度に払い込まれる保険料がこのペースで増加し)、年間4.1%で運用できる(このペースで年金資産が増加する)という前提で計算されていたわけです。仮に賃金が下落した場合は、マクロ経済スライドを使って年金給付を減らすから大丈夫です、ということでした。

 しかし、実際は賃金は上昇どころか大幅に下落してしまいました。10年前に比べて、所得の中央値は200万円下がっています。1997年に最も多かったのは年収500~600万円の層でしたが、2010年のデータでは最も多かったのは年収300~400万円の層です。このデータが正しいとすると現役世代の賃金は30~40%下がっているということになります。

 一方で、マクロ経済スライドは高齢者の反発を恐れて発動されていません。年金生活をしている方が、「私たちの生活は苦しい。年金受給額は一定で増えないからね。」というのはおきまりですが、現役世代から見ると「年金は減らないからいいね。」ということになっています。

 一方、国内の株価は下がりまくっていますし、円高ですから海外資産の価値も下がっています。よって、予定利率4.1%は現在のところ幻です。

 ということはどういうことか? 現役世代の賃金は下がっているので、年金制度に払い込まれる保険料は減っている。その上、運用利率はマイナスだから、年金の資産が増えるどころか減っている。しかし、年金給付は予定どおり減らされることはなく、以前の額が支払われている。

 その結果、100年安心プランが10年でいきづまり、また最近年金制度の議論が始まったわけです。その審議会の様子がほんのちょっとだけニュースで報道されていましたが、委員の方はほとんどが高齢者。あぁ、もうダメだ。年金の問題は世代間でバランスをとるべき典型的な問題なのに、現時点で年金給付を受ける側に属する人しかいなさそうです。これでは、裁判官・弁護士がともに検察所属の人間しかいない法廷で裁判を受けるようなものですね。我々若者~ミドルはその委員を人たちを選挙で選ぶことすらできません。

 あぁ、また搾り取られるのか。



 皆さん、こんにちは。

 私の悪いところは、自分が何者でもないし、大した能力もないくせ、主張だけはいっちょまえなところです。わかってはいますが、今月も主張させていただきます。

 ちょっと前の新聞のコラムで、元官僚で現大学教授の方が、現在の政治がかなり大衆迎合的であることを嘆いて、次のような内容のことを書かれていました。

 民意に沿うことだけが政治ではない。民意が間違っているときは政治家がそれが間違っていることを説明し、変えなければならない。しかし、選挙で国民の審判を受ける政治家にとって、それは大変難しいことであり、それゆえ、政治家自身の立場が危うくなればなるほど、大衆迎合的にならざるを得ない。一方、選挙がない官僚はこれができる。

 要約すればこんな内容だったと思います。要約することによって本人が言われてことのニュアンスが変化しているかもしれませんが、少なくとも私はこんな内容として理解しました。

 これを読んで皆さんはどう思われますか? いろいろな意見があるでしょう。確かに官僚を選ぶ選挙はありませんから、官僚は長期的な戦略をもって国家の運営に当たることができるでしょう。

 しかし、官僚に国家の運営を任せてしまうと国民のための政策を実行することができなくなる可能性があります。相当高い志をもっていないと、人は、国民の利益になるけれども自分(あるいは自分に関係する人)が損するような政策を実行することは難しいでしょう。ですから、辞めさせられることのない官僚が国家運営の実権を握るのはよくないということになり、国民が政治家を選挙で選び、国民のためになる政策を立案し、官僚に実行させるという現在のシステム(建前だけになっているとの指摘もありますが・・・)となったわけですよね。国民がきちんと能力の高い政治家を選ぶことができれば、このシステムはうまく機能すると期待されているわけです。当選する政治家はより多くの国民から支持された政治家であり、その政治家が示した政策が指示されているということになります。おそらく、この選挙で選ばれた政治家が示すが政策を“民意”というのでしょう。

 先の発言は、現在の“民意”が間違っているという前提のようです。「今の国民は国家全体のことを考えた政策を支持していないから、国家運営の邪魔になっている。今はそんな間違った意見を聞くべきではない」と。

 でもこれって、ちょっと危険というか、非常に違和感を感じます。だって、ぶっちゃけた表現をすれば「今の国民は賢くないから適切な政策を選ぶことはできない。だから、それができる官僚に任せればいい」ってことですよね?

 官僚の人は優秀なのでしょう。でも、社会保険庁ではパソコン入力すらまともにできなかったことを筆頭に、ここ数年は“想定外”の能力の低さも目立ちます。国民の側からすれば、官僚に任せることの方がよっぽど危ないと感じる人がいても不思議ではないでしょう。

 この記事の筆者はもとの役所では幹部クラスだったようですから、俗に言うキャリア組でしょうし、私なんかではかなわないくらい頭がいいと思います。私が主張しているこの手の反論がくることも予想しているはずです。ではなぜ、この時期にこのような記事を書くのでしょうか? この後の展開に注目です。



08

2011/11

確率の不思議

11:25:49 | 未分類 |

 皆さん、こんにちは。

 ちょっと前ですが、アメリカやドイツの衛星が地球に落ちてくるから危険というニュースが報道されていましたね。最近の衛星であれば、仮に落ちてきたとしても大気圏で燃え尽きるように設計されているのでこういった問題は起こらないのですが、設計が古い衛星はむしろ燃えにくいような設計になっているので、大気圏で燃え尽きずに地球まで届いてしまうのだそうです。

 そこで、我々地球の表面で生活している人間にとって気になるのは、落ちてきた衛星が自分たちに当たる可能性があるのかどうかということでしょう。その辺についても報道されていました。「アメリカの衛星が人間に当たる確率は3,200分の1、ドイツの衛星が人間に当たる確率は2,000分の1」だそうです。おいおい、それって結構高い確率じゃない?

 でもこれってよく考えてみると不思議な数値ですよね? 3,200分の1や2,000分の1という数字を聞かされると、「なんだ、ほとんど当たる可能性はないじゃないか」と思いそうですが、そもそもどんな確率なのでしょうね?

 3,200分の1の確率で人間に当たるということは、直感的には3,200人の人間がいればそのうちの1人に当たるということでしょうか? そうすると、六本木ヒルズ森タワーの中には3,200人くらいの人が常にいるでしょうから、六本木ヒルズ森タワーに必ず落ちるということになってしまいます。東京都心にあるビルや大きな施設であれば3,200人くらいの人はいるでしょうが、衛星が当たったという話は聞きません。ということは、3,200分の1という確率は3,200人のうちの1人に当たるということではなさそうです。

 ということはこの3,200分の1という確率は別のことを表す数字でしょう。例えば、衛星が落ちる可能性のある地域を3,200分割してそのうちの1地域に落ちるということでしょうか? でもニュースを見ている限り、地球の表面の半分くらいの地域に落ちる可能性があるとのことですから、その地域を3,200分割したとしても1区画はかなり広い面積になってしまいます。単純計算すると

 地球の表面積=半径×半径×3.14=約6,300km×6,300km×3.14=124,626,600km2
 落ちる可能性のある1地域の面積=124,626,600÷2÷3,200=19,472km2

 落ちる可能性のある1地域の面積19,472km2は約400km×500kmという膨大な広さです。そんな広いところに落ちますといわれても、数日後のドル/円レートは1ドル=50円から200円の範囲内に収まる可能性が高いですといわれているようで、なんだかなぁ、という感じがしてしまいました。



27

2011/10

オータムフェア!?

9:50:10 | 未分類 |

 皆さん、こんにちは。

 世の中少子化が問題となっていますが、ペット市場は大繁盛だそうです。

 先日行った大規模ショッピングセンター内にあるペットショップもお客さんがたくさんいて、非常に活気がありました。

 ペットを飼っている人は、よく「うちの子」と呼んでいますよね? 私は今までペットを飼ったことがないので、ペットとのふれあい方を知りません。だから、テレビでワインにうるさい某女優が、自分のペットのことを「うちの子」と呼んでいるのが強烈に記憶に残っているんですね。本当に「うちの子」と呼ぶのでしょうか。

 先日行ったペットショップでも「うちの子の母子手帳」といって、そのペットショップでペットを購入してから今までの成長の記録を行う手帳を交付しているそうです。いつ生まれて、いつ買(飼)われて、予防注射等を行った時期はいつで、体長・体重がどう推移したかなど、人間の母子手帳と同じようなことを記録していくそうです。ということは、ペットを買(飼)う=人間の子どもが生まれるというのと同じような感覚ということでしょうか? よく、ペットも家族の一員というようですが、まさにその感覚なのかもしれませんね(人間が役所から無料でもらう母子手帳とは違い、「うちの子母子手帳」は有料だそうですが・・・)。

 一方、そのペットショップでは“秋のオータムフェアを開催中”です。ケージに入れられたペットには値札が付いており「販売価格 \○○」と表示され、「今なら、金利1%ローンが可能」だそうです。「秋にスプリングセールはやらないだろ!」という突っ込みはしないことにしますが、別のところでちょっと違和感を感じてしまいます。

 それは、「うちの子母子手帳」を使って「ペットは家族の一員」的な演出をしながら、一方では「ペットをローンで販売する商品」と扱っているところです。私の悪いところは、こういった使い分けをうまいこと自分の中で消化できないことだということはわかっているのですが、どうしても気になってしまいます。そもそもペットショップも商売なのですから、売られているペットは商品に違いありません。

 でも、ペットを家族の一員と捉えるのであれば、ペットの「販売価格」ではなく、「あなたのおうちにいくまでにかかるお金」だとか、「幸せを与えて下さる神様への寄付」だとか、もう少し商売的な要素を少なくしたらいいんじゃないかと思うんです。でもこの例もあまりセンスがないですね。

 あぁ、世の中の流れにうまくついていけてセンスがもうちょっとあれば、もっと楽に生きていけるのに、と思う今日この頃でした。



小野正芳

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