2016年06月21日

ラオス教育支援プロジェクト

ラオス教育支援プロジェクト

ラオス教育支援プロジェクトの立ち上げ

世界に平等な教育を届けるため、まずはアジアで教育支援を行う。2015年夏、フォーサイト社内で教育支援プロジェクトが立ち上がり、提携・寄付を行うNPO法人の選定が始まった。候補の一つにさせて頂いた認定NPO法人・アジア教育友好協会AEFAとの初ミーティングが9月に行われた。そこで、「箱ものを作って終わり、ではなく、教員養成なども含めた継続的な教育支援を行う」という理念が双方で一致していることを確認。アジア教育友好協会を正式にパートナーとして選定させて頂いた。

アジア教育友好協会にはこれまでにもベトナムやタイ、そしてラオスでの学校建設・教育支援の実績があった。支援先の候補を複数挙げて頂いた中に、今回支援を行うこととなるラオス・ドンニャイ村はあった。福島県飯舘村が支援を行っていたが2011年の震災があり、継続した支援が難しい状況になっているという。ラオスは経済発展が著しいが、都市部と農村部の格差が広がっていて、農村部であるドンニャイ村は「教育」が喫緊の課題だと説明を受ける。「ラオス」という国に馴染はなかったが、本当に「今、教育が求められている」ことを受け止め、代表山田はドンニャイ村を支援することを決定する。

ラオスの首都ビエンチャン

ラオス人民民主共和国。「ラオス」という国名を耳にしたことはあるけれど、その正確な位置を答えられる日本人は少ないだろう。ベトナム・タイ・カンボジアに囲まれた内陸国。社会主義国であり、アジア最貧国の一つ。外務省のHPを見ると、「反政府武装勢力」や「山賊」という文字が目に飛び込んで来る。けれども、実際にラオスを知る人は「歌舞伎町より安全」と嘯く。アジア教育友好協会AEFAとのご縁を受け、私たちはそんな「未知の国」で教育支援を行うこととなった。成田空港からベトナムまで約5時間のフライトを経て、ベトナムから再び空路で1時間。トランジットの時間を除けば、日本から6時間でラオスの首都ビエンチャンに到着する。そこで私たちは発展著しい新興国としてのラオスを体感することとなる。

ラオスの首都ビエンチャンの街並み
ラオスの首都ビエンチャン 観光客も集うカフェ

行き交う車両、欧米人と思しき観光客、瀟洒なカフェ。確かに「アジア」の臭いは残しているものの、そこには貧困は感じられない。ラオス国民でさえ一度も訪れたことがない人も珍しくないという首都ビエンチャン。その賑やかさは、私たちが漠然と抱いていた後進国としてのラオス像を瓦解させるには十分だった。夜は屋台やナイトマーケットに人が集まり、溢れるほどの物資が提供される。そしてそれらを購入する経済力が誇示され、人々の笑顔がビエンチャンの盛栄を物語っていた。

ドンニャイ校への道程 パクセーからドンニャイへ

ドンニャイ村があるサラワン県はラオスの南東部に位置する。ビエンチャンから国内線で1時間、ラオス第2の都市パクセーまでのフライト。そこから陸路でドンニャイ村へと向かう。

ラオス第2の都市パクセー。近郊の道路はアスファルトで舗装され、交通もスムーズだ。ヤギや牛が放し飼いされていて、彼らが道路の横断を試みる際にわれわれは停車を余儀なくされる。

パクセー近郊を離れるにつれて、レンガ造りの住宅が減り、代わりに木造住宅の姿が増える。ラオスでは雨季の洪水や湿気を考慮して高床式の住宅がポピュラーだが、支える柱は日本人から見るといかにも脆弱で頼りなさげに映る。実際、多くの家が傾いていた。貧困問題とは別に、建築技術など技術面での遅れも目立つ。

ラオスの農村部では洗濯物を干すのがさぞ大変だろう―雨季には乾かず、乾季には赤土が舞い上がるから―。都市部を離れ、農村部に入ると道路は舗装されておらず、剥き出しの赤土が凹凸を帯びて車の速度を削っていく。パクセーから車で数時間。私たちが教育支援をさせて頂いている、サラワン県ラオガム郡ドンニャイ村、ドンニャイ校は赤土の大地に在った。

ドンニャイ校 教育の〝現場〟

ドンニャイ校は総生徒数約600人、日本でいう幼稚園から高等学校までを備える教育施設だ。9教室を擁する2棟の比較的新しい校舎と、以前から使用している木造の校舎数棟から成っている。新しい校舎は福島県飯舘村の支援で建設されたもので、2011年の震災によってその後の支援が困難になっていたという事情があった。今回のフォーサイト・ラオス教育支援プロジェクトによって3棟目の新設校舎が完成した。

ラオス教育支援プロジェクト ドンニャイ校 新設の高等学校校舎
ラオス教育支援プロジェクト ドンニャイ校 新設の高等学校 教室
ドンニャイ校 新設の高等学校の廊下

2015年11月に着工し、2016年3月に完成した高等学校校舎。エメラルドグリーンの校舎は鉄筋コンクリートを基礎として、ラオスでは一般的なレンガ造りとなっている。以前から使っている木造の校舎は雨季になると足元が水浸しになり、雨音で先生の声が聞こえない状態だった。新しい校舎は季節を問わず、子どもたちが集中して勉強できる環境を提供するだろう。開校式は乾季の時期となる11月を予定しているが、設備としては完成しているため、すぐにでも使い始めて頂く運びとなっている。

今回の支援でトイレも増設された。今まで使っていたトイレは決して新しくはないが、生徒たちが綺麗に使っている様子が伺え、この新設分もきっと清潔さが保たれるものと思う。

ラオス教育支援プロジェクト ドンニャイ校 新設のトイレ
ドンニャイ校の新設トイレ

木造の校舎の壁には、パッチワークのようにトタンが張り付けてあった。足元も剥き出しで、雨季にはきっと勉強どころではないだろう。それでもこの木造校舎は今後も役割を担っていくそうだ。ドンニャイ校は周囲でも評判になっていて、他の村から学びにやってくる生徒も増加している状況がある。今回校舎を新設したが、木造校舎を離れるためには更にもう1棟分のキャパシティが必要となる。

ドンニャイ校の旧校舎
ドンニャイ校 新校舎と旧校舎

黒板が教室を仕切る壁代わりとなる。そんな環境の中でも、子どもたちは真剣に先生の講義に耳を傾け、学ぶことに真摯に向き合っている。立ち上がって板書を確認する生徒の背中から、真剣さが滲み出る。こんなにも「前のめり」に何かを学ぶ姿が目に焼き付いている。

ドンニャイ校での学習風景
綺麗な文字で書かれたドンニャイ校の学習ノート
ドンニャイ校で学ぶ高校生

これから新しい校舎で学ぶことになる高校生。どの生徒も非常に丁寧にノートをとっていた。文字を読むことは叶わないが、とても綺麗に書かれていることが一目で分かる。小学生と比べて、われわれ〝外国人〟に対して奇異と照れが混じった眼差しを向ける。大人と子どもの中間―そんな様子は日本の高校生と全く変わりがなかった。

「テクノロジ」…教科書をのぞき込んでいた私に先生がなんの教科か教えてくれた。テクノロジー、IT技術に関する授業も行っているのだ。キーボードの使い方から、オフィス系ソフトの情報まで教えていて、正直なところ驚いた。電気・水道すら完備とはほど遠い環境で、ITの授業を行う―。実際のところ、パソコンは学校に1台のみ。それも教師用で、生徒が使えるパソコンは存在しない。彼らは紙面にしか現れないおぼろなテクノノジーを吸収しようと、紙の上のキーボードをなぞった。

都市部のパクセーではカフェにはWi-Fiスポットがあり、ホテルにはパソコンが何台も設置されていた。ホテルの従業員は英語を話し、パソコンも扱える様子だった。ドンニャイ村の住民がパクセーで仕事を得ることは現状、難しいそうだ。それでも、ドンニャイ校でIT技術や英語を学べば、その道が拓ける可能性がある。先は長いかもしれない。だけど、今、学ばなければ何も変わらないんだ―そう言われた気がした。

「テクノロジー」の教科書 キーボードの使い方
「テクノロジー」の教科書 ソフトについても学ぶ

ドンニャイ村の課題 教育が必要な理由

ドンニャイ村の住民の多くは農業に従事していて、コーヒーやキャッサバを主に栽培している。ラオスコーヒーはコクがありつつも、さっぱりとした飲み口でとても美味しい。日本で買うと100g500円から、高いもので1,000円で販売される。しかし現地では1kg1ドルで買い叩かれてしまう。100gだと10円程度にしかならない。丁寧に育てても二束三文にしかならないと、住民は嘆いていた。

ラオスの農村部でも昔より医療が整ったこともあり、人口は増加している。村周辺の農地では皆に行き渡らず、自宅からとても離れた箇所に農地を持たざるを得ない人もいるという。更にベトナムやタイなどの外国資本が入り、先祖代々の土地が切り取られていく現実がある。彼らには戸籍制度はなく、土地の所有権を示す物証なども存在しない。強大な力に対して抗う術、知識がない―相対的に弱者であることは厳然たる事実だろう。

ドンニャイ村で収穫されたコーヒー豆
天日干し中のキャッサバ

ラオスを歩いていると、都市部農村部に関わらず、ゴミが散乱していることに目が行く。特にビニール袋やペットボトルなど「土に還らないゴミ」が目立つ。きっと生ゴミも地面に捨てているが、それらは還元されて見えなくっただけなのだろう。彼らには「ゴミの分別」という概念がないそうだ。「燃えるゴミ用」「燃えないゴミ用」とわざわざ分けてゴミ箱を寄付しても、なかなかそのようには運用してくれない。校長先生ですら「ちゃんとできていないんだ」と苦笑いするくらいだ。

問題が山積している状況で、環境面の配慮は後回しになりがちだ。そういった面の意識を変える教育も重要だろう。

ドンニャイ校 校舎裏に掘られたゴミ捨て穴
生ゴミとプラスチックゴミが混ざっている

これからの課題 教員養成の重要性

ドンニャイ校で勤務する先生は25名。村の出身者も4名いて、生徒から「将来は先生になりたい」という声が聞こえるなど、身近な憧れの存在になっている。照りつける日差しを避けるために校舎の軒下で休憩していた際に、英語で「are you tired?」と微笑みかけてくれた先生は、きっと生徒からも人気があることだろう。先生は若い方が多く、教員としての十分な指導を受けられていない課題もある。教師の量・質の向上が今後の大きな課題であり、私たちも学校建設後の教育支援はその部分になると認識している。

ドンニャイ校での学習風景
ドンニャイ校の先生
ドンニャイ校の先生

今回の視察には、普段フォーサイトの「講義動画」を撮影・編集しているメディア開発課のスタッフが伺っている。私たちと現地の架け橋になってくださっている、アジア教育友好協会 AEFA用の広報映像の撮影も兼ねている。こちらのリソースを活かした支援や協力をしていきたい。

学習風景を撮影するフォーサイトスタッフ
学習風景を撮影するフォーサイトスタッフ
カメラを向けるとポーズをとってくれた
学生たちの「夢」を話してもらう動画を撮影

ドンニャイ村以外の視察

ドンニャイ校だけでなく、近隣の他の学校も視察させて頂いた。どこでも出迎えてくれるのは、少し恥ずかしそうにはにかんだ子どもたちの笑顔だった。そして、一つの教科書を数人でのぞき込むようにして勉強をする姿も共通していた。教科書は何度も、何度も捲られたことがはっきると分かる状態のものが多かった。未就学児を脇に抱えたまま授業を行う先生の姿もあった。犬が教室内を闊歩するのも日常風景なのだろう、生徒は全く動じていなかった。日本人にとって、どこか懐かしい風景でもあった。

照れながらもカメラ目線
はにかむ少女たち
一つの教科書をみんなでのぞき込む
真剣に学習する生徒
使い古された教科書たち
痛みが激しい教科書
小さい子どもを脇に抱えながらの授業
犬が校舎の中まで入っても誰も動じない

どの村でも教育施設が不足していて、支援を求める声が上がる。自分たちで木材など材料を準備している村もあった。親御さんは非常に教育に対して熱心で、子どもにしっかりとした教育を受けさせたいという思いが伝わってくる。AEFAの谷川理事長は支援を望む住民に対して「学校を作るのは〝あなたたち〟なんだ」という点を強調した。こちらはあくまで協力者であって、住民たちが自分たちのために動かなくては意味がないと語る。熱を帯びる住民たちの視線が、理事長の思いが確かに届いた証だったに違いない。

支援を求める村民とのミーティング
教育に対して熱心な大人たち。場を見守る子どもたち。

ラオス第二の都市パクセー 都市部と農村部の格差

村々の視察を終え、帰国の途に就くためパクセーに移動する。到着時はすぐに農村部へと向かったため、中心部を散策するのは今回が初となる。

首都ビエンチャンに比べると、人通りも商店も少ない。それでも、赤土舞う荒涼とした農村部を経た今では、パクセーが大都会に映る。市場には色とりどりの果実が所狭しと並べられ、それぞれの匂いを主張しあっていた。建物の中に入るとエスカレーターまで設置されていて、行き交う人の身なりも立派に見える。街頭には水の自動販売機が鎮座し、なんとゲームセンターまで発見できた。

ショップではスマートフォンがくるくる回るディスプレイでお客を誘い、ドンニャイ村に1台しかなかったパソコンがここでは大量に販売されている。ノートパソコンに書かれた価格5,500,000キップ(五百五十万キップ)は日本円に換算すると約8万円。外国人観光客に向けた値段なのかもしれないが、農村部の経済力では到底手にすることができない価格だろう。ビエンチャンとドンニャイ村の格差は歴然だったが、パクセーとドンニャイ村の間にも、車で数時間という距離以上の隔たりを感じた。

ラオス第二の都市パクセー 最大級のマーケット
色とりどりの果物が並ぶパクセーの市場
綺麗なエスカレーターも完備する市場
パクセーのゲームセンター
車が行き交うパクセーの道路
水の自動販売機
ノートパソコンが並ぶパクセーのショップ
スマートフォンも多彩な機種が手に入る

ラオス視察を終えて

私たちにとって「未知の国」だったラオス。都市部の成長と、農村部が抱える課題、そしてそこに暮らす人々に触れ、少しだけ分かったことがある。彼らは自分たちを不幸だとは思っていない。穏やかな時の流れの中、家族と共にそれぞれの生活をまっとうしている。そこには過度な受験競争もないし、通勤電車で揉みくちゃにされることもない。一つの教科書を皆でシェアする寛容さがあり、幼子にまで礼節が備わっている。いじめを苦にする子どもはいないし、先生は自然と皆から尊敬の眼差しを受ける。もしかしたら今の日本の方がよっぽど不幸せなのかもしれない。

しかし、ラオスの農村部の住民が弱者であることは厳然たる事実だろう。幸か不幸かは主観だが、強者と弱者という構図はいやがおうにも存在してしまう。中央政府や外国資本といった強者に対して、彼らはあまりにも無力だ。今が幸せだから現状維持で構わない―そんな姿勢では家族を、子孫を守ることができない現実がラオス農村部にはある。だから彼らは学ぶ。弱者が自分たちの人生を自分たちのものとするために、学力が、知識が必要だということがはっきりと分かっている。

そう考えた時、それは日本も同じではないかと思い至る。日本という国を外から眺めれば経済大国であり、何の不自由もないように見えるかもしれない。だが、日本人のなかにも、学ぶことで自分の人生を変えたいと願う人が少なからず存在する。だから、フォーサイトは「人生を変える通信教育」をスローガンとして掲げている。真剣に学ぶ人はラオスにも、日本にもいる。お互いに一人ではない、環境は違っても思いは通じるのではないだろうか。

ドンニャイ校の生徒
笑顔がまぶしいドンニャイ校の学生
あどけない表情をみせるドンニャイ校の生徒
満面の笑みで迎えてくれたドンニャイ校の生徒
照れながらもピースを返してくれたドンニャイ校の高校生
弟をあやすドンニャイ校の生徒

今後のラオス教育支援

ドンニャイ校の校長先生からは校舎建設の感謝と共に、パソコンが不足していること、図書室や実験室があればより高度な教育が行えることなど、未だ山積する教育課題をお伝え頂いた。中でも「教員養成」が喫緊の課題となっている。そういった状況を受け私たちは今後、教員研修プログラムへの支援を検討している。これまで資格講座において、専任講師を養成してきたフォーサイトのノウハウを活かす形での支援ができればと考えている。