ファイナンシャルプランナー 大泉稔さん

実務家密着取材

直撃インタビュー
ファイナンシャルプランナー 大泉稔さん

ファイナンシャルプランナー

大泉稔さん

「コミュニケーション不全」をバネにする!
講師業と保険代理店の両輪で展開する
元刑務所看守の異色FP

1994年 明星大学日本文化学部言語文化学科卒業
1994年 法務省に入省し、市原刑務所に約2年半勤務
1997年 京王自動車株式会社に入社し、約7年間勤務
2005年 ファイナンシャルプランナー(CFP®)資格取得
2005年 大泉稔1級FP技能士事務所を設立
2011年 保険代理店fp ANSWERを設立、代表取締役に就任
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URL : http://fp-answer.com

元刑務官という異色の経歴を持つファイナンシャルプランナー・大泉稔さん。大学卒業後、法務省に入省し、「交通刑務所」として知られる市原刑務所の法務教官及び看守部長として2年半勤務。その後、タクシー・ハイヤー・バスを運行する京王自動車株式会社に入社し、運行管理・衛生管理業務を経て、1000件以上の交通事故を統括責任者として処理します。刑務官としての出世コースから敢えて離れた大泉さんが、紆余曲折の果てに辿りついたのが、ファイナンシャルプランナーとして生きる道。「なぜ?」「どうして?」湧き上がる疑問を直球で投げかけたところ、大泉さんはこれまでの歩みを振り返り、穏やかに丁寧に訥々と答えてくれました。

「コミュニケーション不全」から、志したのは刑務官

「もともと少年院の教官になりたいと思っていました。私自身、中学・高校時代、“危うい”時期もありましたから……」

そう打ち明ける大泉さんは、1972年生まれ。大泉さんが少年だった1980年代は、全国の中学校・高校で校内暴力が問題化され、「荒れた80年代」とも言われています。『スクールウォーズ』、『積み木くずし』、『3年B組金八先生』など、不良や非行に走る少年少女を取り上げたテレビドラマも社会現象化しました。大泉さんが過去にした“悪いこと”は、犯罪ではないにしろ、決して“正しい行い”とは言えないこと。誰しも、子ども時代に自分なりの悪事を持っているものですが、大泉さんは、その行いの原因を深堀りし、自己変革のきっかけとしました。

「私は幼い頃から、人とのコミュニケーションが上手にく出来ないというコンプレックスがありました。言葉で上手く言えないから、手や足が出て、暴力に頼る。非行に走る少年少女というのは、大なり小なり『コミュニケーション不全』というハンディキャップを背負っている。そう思い、私自身のコンプレックス、ハンディと向き合う気持ちで、大学へ進み少年院の教官を目指したのです」

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塀のない刑務所の看守から、交通事故の処理担当へ

国家公務員試験に合格した大泉さんのもとに入ってきたのが一本の電話。それは、市原刑務所からの求人でした。千葉県市原市にあり、交通事犯の受刑者を主に収容する「交通刑務所」。少年院と刑務所は、同じ「刑事施設」でありながら、全く別物であり、出世の道のりも変わってきます。大泉さんは、迷いながらも市原刑務所の刑務官となることを決意します。

「市原刑務所を囲んでいるのは、塀ではなくフェンス。他の刑務所と比べ刑期の短い受刑者が多く、反省と更生を促す矯正施設です。とてもやりがいのある職場でした」

キャリアの大泉さんは、法務教官兼法務事務官看守部長に。刑務所から程近い官舎に住み、公務に没頭します。ゆくゆくは、刑務所の所長も夢ではない。それなのに、一体なぜ、辞めてしまったのでしょう?

「プライベートの時間は、全くといっていいほどありませんでした。官舎に住めば、災害や緊急事態が発生したらすぐに駆けつけるというのが鉄則です。2時間以上、連絡がつかない場所に行ってはいけない。上司の許可なしに同僚3人以上で飲みに行ってはいけない。当時、たくさんのルールや規則に縛られていましたね……。また、刑務官として上を目指す場合、研修や試験を受け、2~3年ごとに全国を転勤しなければなりません。刑務所は、人里離れた場所にあるものですので、今後も同じような生活を続けていける自信がなくなりました。結局、数年ほど勤めて退職しました」

ハッキリと次の転職が決まらないままに辞めてしまった大泉さんですが、求人誌で求人情報を見つけます。それが、京王自動車株式会社の事務職。交通犯罪の受刑者を更生する看守から交通事故の現場処理担当者へ転身します。

FPは講師業からスタート

交通事故の処理に携わった大泉さんは、仕事上、損害保険会社の担当者と懇意になります。そこで知ったのがファイナンシャル・プランナーの資格。保険代理業に興味を持った大泉さんは、AFPに挑戦し、一発合格。32歳を迎えた頃、キャッシュフロー表を作成し「何とか一年は食べていける」と独立を決意します。

「独立当初は、全く仕事がありませんでした。社会保険庁中央年金相談室のねんきん電話相談員を派遣でやる傍ら、塾で中学生たちに国語や社会を教えたり。土日はFP試験対策講座の講師をしました。FPとしての実務経験が皆無だったため、まず講師業から入りました。そのうち、相談が増えてきて、保険代理業も上手くまわっていくようになりましたね。実務をしながら、勉強も続け、年金アドバイザー2級、第一種証券外務員の資格を取り、生命保険大学課程も修了しました」

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今後は、講師業と保険代理店の両輪でFPとしての力を発揮

現在、大泉さんはFP試験や証券外務員試験の対策講座に加え、「生命保険を使った相続対策」、「シングル女性の保険プラン」、「医療保険最前線」などのセミナー講師として活躍。代表を務める株式会社fp ANSWERを設立したのは、2010年の秋のこと。スタート時は投資信託や社債の販売など、金融商品の仲介をメインにしていましたが、今は主に保険代理店として、医療保険・生命保険から損害保険、ペット保険などを取り扱っています。

「FPは接客業ですが、対人コミュニケーションは今も上手な方ではありません。営業も、……正直あまり得意ではないですね。それでも、続けていくことが大事だと思っています。今後は、講師業と保険代理店の両輪でやっていきたいですね」

「コミュニケーションが苦手」。徹頭徹尾繰り返す大泉さんの趣味は、ゲームセンター通い。意外なことにUFOキャッチャーが得意とのこと。取材時は、スヌーピー柄のネクタイを着用。少年の心を持ちながら成長した大人のひとりです。

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