社会保険労務士 梅川貴弘さん

実務家密着取材

直撃インタビュー
社会保険労務士 梅川貴弘さん

社会保険労務士

梅川貴弘さん

障害年金の請求をサポートし
労働トラブルの防止・解決に取り組む
医療に強い特定社会保険労務士

1973年 茨城県生まれ
1998年 法政大学経済学部を卒業後、大手飲料メーカーに就職
2004年 社会保険労務士試験に合格
2005年 製薬会社に就職、MRとして営業に就く
2011年 「みのり社会保険労務士事務所」を開業
2012年 特定社会保険労務士資格取得
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URL : http://www.minori-consulting.jp

東京・渋谷区に「みのり社会保険労務士事務所」を構える梅川さんは、社会保険労務士の他にCFP(ファイナンシャルプランナー)の資格、MR(医薬情報担当者)認定も有する努力家です。医療に強い特定社会保険労務士として「障害年金制度」の周知に力を入れつつ、労働トラブルの防止・解決サポートについても積極的に取り組んでいます。現在開業3年目、社労士としてバリバリ働いている梅川さんですが、新卒で入社したのは大手飲料メーカー。大企業のサラリーマンという安定を捨て、独立・開業という荒波の中へ飛び込んでいったのはどんな事情があったのでしょうか?

「作業着からスーツへ」 士業という専門職を目指して

スーツでビシッと決めていると、一見エリート街道を歩んできたようにみえる梅川さん。実は大学の成績が非常に悪かった上、氷河期が重なり、就職活動は大苦戦したそうです。

「何十社と受けては落とされるという毎日が続き、本当に落ち込みましたね。とはいえ、『捨てる神あれば拾う神あり』。卒業を控えたある日、大手飲料メーカーから合格通知を受理しました」

有名企業からの合格通知を受け取った梅川さんは大喜び。しかし、現実は甘くありませんでした。

「入社した先に待っていたのは、過酷な肉体労働の日々でした。毎日トラックを運転してスーパーへ納品に行ったり、自販機に缶ジュースや缶コーヒーを詰める作業を延々と続けるのです。カンカン照りの猛暑日に、2Lペットボトルが6本入った箱を2000ケース運んだこともありました。エレベーターのないビルの5階に設置されている自販機もあって、心が折れそうになりましたね……」

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そんな日々においても、真面目にコツコツ頑張る梅川さんの営業成績は社内でも常に上位。努力は報われるものの、作業着でトラックに乗り、朝から晩まで外回りを続ける毎日を続けているうちに、体力だけでなく気力も消耗していったそうです。

「転機は入社して4年ほど経ったころですね。スーツを着て、専門知識を生かして働くような仕事に就こうと決意しました。」

独立開業できる資格で、かつ働きながらでもとれるという条件から、社会保険労務士の資格試験勉強をスタート。仕事を辞めてしまうと、逆に気が抜けて勉強に身が入らなくなるのでは、と危惧した梅川さんは、働きながら資格の学校に通う道を選びました。

「当時は、茨城県内の社員寮に入っていました。平日は毎朝4時に起床し、出勤前に必ず2時間勉強します。資格学校の講義を日曜に受けるため、土曜の朝から泊りがけで東京へ行きました。空き時間は学校の自習室で勉強し、カプセルホテルに宿泊するという生活をひたすら続けました」

耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び、臨んだ1年目の試験。結果は、不合格。

「手応えはありました。あと、少しだったな、と。2年目は、かなり余裕をもって直前対策に移行したので、割とスムーズに合格できました」

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新天地は製薬会社!病院行脚を繰り返しMRとして武者修行

合格を機に、梅川さんは新天地を求め、キッパリ退職。失業給付を受けながら、企業の人事部と社労士事務所に絞り込み、転職活動を開始します。

「すぐに開業するより、勤務社労士として経験を積んでから(独立しよう)と思ったのです。とはいうものの、いくら資格があるからといって、実務経験ゼロの人間を、採ってくれる会社はなかなかありませんでしたね…」

来る日も来る日も届くのは、不合格通知ばかり。途方にくれかけた梅川さんの目に留まったのが、ある求人広告。『MR(医薬情報担当者)募集!経験不問!』と書かれていました。

「専門知識を使って、患者さんを支え助けるという仕事に興味を感じました。同時に、自分自身もプレゼンなどの営業的な能力が鍛えられ、成長できるだろうという期待もありました。回り道になるかもしれないと悩みましたが、最終的には製薬業界への転職を決めました。」

入社した梅川さんがまず連れていかれたのは、病院ではなく富士山の麓にある施設。医療制度、疾病と治療、薬剤学、薬事法など、必要な専門知識を身に付けるため、みっちり3か月間に及ぶ研修を受講。途中で根をあげた人もいる中、梅川さんは持ち前の粘り強さで力をつけていきました。

「研修が明けてからは、病院行脚の毎日でした。プロジェクターとスクリーンを肩に担ぎ、ドクターへのプレゼンを繰り返し…。商談能力は相当鍛えられたと思いますね」

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試行錯誤の末たどり着いた「労働トラブル&障害年金専門社労士」

その後も順調にMRとしてキャリアを積み重ねた梅川さんですが、士業で独立開業するという夢は持ち続けていました。満を持して社労士事務所を開業したのが、2011年。試験合格から7年以上の時を経ての独立でした。しかし、1年目は顧問先も増えず、貯金は減っていくばかりだったそう。

「開業当初は自宅事務所でした。それでも備品とか、やたらお金がかかりましたね。仕事に結び付けようと、交流会などへ積極的に出向きましたが、即効性はありません。子どもが生まれたばかりで何かと生活費もかかりましたし、あの頃は妻に申し訳ない気持ちにもなりましたね…」

1年目はあまり仕事の依頼もなかったというのもあり、労働基準監督署の総合労働相談員に応募。1年間で2000件以上の労働相談を受け、地力をつけていきました。

2年目に入ると、種まきの成果が表れ始めます。ホームページなどを通じ、個人客が増える一方、これまで培ってきた人脈の中から顧問先を紹介してくれる人が出てきたのです。梅川さんが得意とするのは、労務トラブルの防止・解決サポート。さらに、ライフワークとして取り組んでいるのが、障害年金です。

「障害年金については、MR時代から気になっていました。障害者手帳は知られていますが、障害年金については医療関係者の間でも、あまりよく知られていないんです。また、請求手続きが難しくて受給までたどり着けない、といった方もたくさんいます。貰えるはずの年金を貰わないのはもったいないですし、制度を正しく知って活用して欲しいという気持ちから、障害年金の啓蒙活動をしています。」

仕事が順調に進むようになった梅川さんは開業2年目に入るころ、自身が主宰する勉強会『三茶会』をスタートさせます。参加者は士業・ファイナンシャルプランナーを中心に毎回40~60名。現在は2か月に1回、各業界のトップクラスの講師を招いて仲間とみんなで学び、懇親を深めています。

梅川さんが主宰する勉強会「三茶会」

梅川さんが主宰する勉強会「三茶会」

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 社労士の資格を取得したことで、「人生が変わった」という梅川さん。もしあのまま飲料メーカーの仕事をしていたらどうなっていただろう、と時々考えることもあるのだとか。

「試験勉強をしていた頃、よくイメージしたのは、合格後の自分の姿です。学生時代は会社員以外の選択肢はありませんでしたが、一度(会社を)飛び出してしまったら、何も怖くありません。自分から動き、努力した分、実力がつきます。個人事業主となった今、その醍醐味を実感しています」

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