宅建 植松靖雄さん

実務家密着取材

直撃インタビュー
宅建 植松靖雄さん

宅建

植松靖雄さん

お茶飲み話でニーズをつかみ情報収集
大家と入居者双方のメリットを汲む橋渡し役

1994年日本大学商学部経営学科を卒業
1995年宅配ピザ店を開業、翌年に廃業
2005年2級ファイナンシャルプランニング技能士資格取得
2006年不動産管理会社に入社、8カ月後に退社
2008年ファイナンシャルプランナー(AFP)資格取得
2008年宅地建物取引士資格取得
2009年富久不動産に入社
2012年トミヒサハウジングを開業


URL : http://www.athome.co.jp/ahto/tomihisa-housing.html

植松さんが代表取締役を務める「トミヒサハウジング」は、東京・新三河島駅前で2012年春に開業した不動産会社。長年にわたり地元密着で信頼を築いてきた「富久不動産」から、顧客と従業員を引き継ぎ、時代のニーズに応じた形で新規オープン。土台ありきのスタートをきった植松さん、決して順風満帆な会社員人生を歩んできたわけではなく、山あり谷ありの道を経てきたのだとか。大家さんと入居者、双方のニーズに応えるべく日々奮闘する植松さんの歩みと、今、胸にわき上がる情熱をお聞きしました。

大学卒業後、宅配ピザ店を開業するも……

現在営む不動産店からほど近い、東京の下町風情が残る地で生まれ育った植松さん。大学時代は会計士や税理士を目指していたとあって、商学部経営学科で学ぶかたわら、大学付属の専門学校にも通ったそうです。

「資格試験には落ちました。これがつまずきの始まりでしょうかね(笑)。でも、大学を卒業してから、宅配ピザの店を始めたんですよ、人も雇わず、まったくのひとりで。ええ、後から考えれば、無謀でした……」

学生時代にアルバイト勤務した宅配ピザチェーン店で培ったノウハウを生かし、大いに意気込んで開業したものの、経営は軌道に乗らず、わずか10カ月で店をたたむことに。残ったのは、2000万円もの借金でした。

「トラック運転手や新聞配達など肉体労働系の仕事を掛け持ちしていました。朝が早かろうと、夜が遅かろうと、睡眠時間が細切れでしか取れなかろうと、平気なんですよ」と笑う植松さんですが、20歳代半ばという若さで多額の借金返済という逆境に置かれたにもかかわらず、すでに次の目標も胸に秘めていたそうです。

「宅配ピザの店を再開したかったんです。最初の失敗に懲りたので、今度は知人と共同で。ところが、彼と金銭面でトラブルになって、計画は頓挫しました」


日々の生活を見つめ直して資格に挑戦

借金は6年半で完済。しかし、夢を志半ばであきらめなければならない状況に陥った植松さんは、毎日を刹那的に過ごすことが当たり前になってしまいました。

「車の運転が好きで、道を覚えるのも得意だったこともあって、新聞配送のトラック運転手は続けていましたけど、仕事の時間以外は引きこもり状態といってもいいぐらい。でも、さすがに30歳を過ぎたのに、このままじゃいけないとは思っていました」

生活スタイルを立て直す糸口にでも、と資格取得の専門学校に通い始め、2級ファイナンシャルプランニング技能士資格を2005年に取得しますが、宅建資格の試験には一発合格できませんでした。その頃、ハローワークに出ていた求人を見て応募し、採用されたのが、従業員30人規模のとある不動産管理会社。

「その会社は給与などの条件が魅力だったんです(笑)。しかし、いざ入社してみたら、“未経験者歓迎”とうたってあったのに研修もなく、いきなりプロパティマネジメント(PM)業務ですから、たまりませんでした」

結局、不動産管理会社を8カ月間で退社した植松さんですが、「不動産業への興味が失われたわけではなかったですね」と話すように、その後はまたトラック運転手として働きながら勉強に励み、AFP資格を取得。そして、ついに宅地建物取引士の資格も取得したのでした。


家族経営の不動産会社で仕事を一から学ぶ

実家は美容室を営んでいたという植松さんですが、不動産業のどのようなところに面白みを感じるようになっていったのでしょうか。

「まず、物件そのものに対する関心ですね。間取図を見ていると、部屋の住み心地とか、イメージが湧いてくるんです。なかなか楽しいものですよ。もともと飲食というサービス業で起業したのは、接客が好きだったというのも理由のひとつ。今では、不動産業ほど、ありとあらゆる人々と接することのできる仕事はないかもしれないと実感しています」



2009年、趣味の草野球が縁でつながりのできた荒川区の不動産会社「富久不動産」に入社。まさに家族経営の環境で、当初は無給だったものの、仕事を一から覚えることができ、業界の水にも徐々になじんできました。

「不動産物件はふたつとして同じものがないんですよね。だからこそ面白みが尽きないんだと思います。また、売買ともなると、動かす金額が大きい。そういう面では、プレッシャーもありますが、やはりこの仕事ならではの醍醐味といえます」



2012年春、諸事情から富久不動産を引き継ぐ形で開業した「トミヒサハウジング」の代表取締役に就任。古くから付き合いの続く住民が多い土地柄もあり、地元密着度は非常に高いといいます。

「(富久不動産の)先代やその家族が築き上げてきた信頼は厚いので、その点はありがたいです。ここ荒川区では知名度の高い“トミヒサ”の看板を生かしながら、今後は新規の管理物件も徐々に増やしていかなければいけませんね。目指すは“地域No. 1”の不動産店ですから」


「かゆいところに手が届く」地元密着の不動産会社に

「また、仕事の性質上、トラブルは避けて通れません。でも、そこはトラブルを自分にとっていい経験と捉える、ポジティブな考え方で取り組んでいます」

通常の勤務日は朝9時から9時半ごろの間に出社、夜7時ごろには退社というスケジュールとのことですが、繁忙期ともなると、深夜0時近くまで帰宅できないこともしばしばで、定休日も返上して業務を片付けているそうです。

「当社のホームページを充実させることも急務ですし、単身の高齢者や障がい者、外国人といった方々の入居についても、積極的に関係各所と連携して対処を進めています。大家さんにとっても入居者にとっても、双方メリットにつながる仕事をしたい。そのために私が何よりも重視しているのは、対面のコミュニケーションです。私自身が出向いて、お茶飲み話、世間話をしながら仕事の話などということも珍しくありません。さまざまな面で“かゆいところに手が届く”存在でいなければ、大手不動産業者との差別化を図って生き残ることはできないと思います」

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