民事信託とは?わかりやすく行政書士解説
更新日:2020年3月26日
行政書士の業務の中には「民事信託」に関する業務もあります。しかしながら、そもそも「民事信託」という用語を聞きなれない方も多いかと思います。
ここでは、「民事信託」とは何かについて、その歴史から活用例、手続方法等と行政書士の「民事信託」に関する業務について説明していきます。
民事信託とは?
「民事信託」とは、自分の大切な財産を誰かに預けて有効に管理・運用・処分してもらう方法のことをいいます。
同じような言葉で「家族信託」もありますが、「家族信託」とは、その「誰か」が家族や親族に限られ、自分の大切な財産を家族や親族に預けて管理・運用・処分してもらうことをいいます。
民事信託も主に家族や親族が管理することを指す場合が多いですが、親族間に限られているわけではないため、一応別々の意味として覚えておいていただければと思います。
具体的には、不動産や預貯金等の財産を自分の老後に信頼できる家族に託し、その財産管理や資金の出し入れを任せるということです。
民事信託が生まれた背景
まず、日本において信託は、明治時代後期に導入され、大正時代に信託法が制定されたといわれています。従来の信託には、信託銀行等が行っている営利目的の「商事信託」と信託報酬を得ないで行う「民事信託」がありました。ただ、このときの民事信託はほとんど活用されておらず、商事信託がほとんどでした。
信託法は長らく改正されていませんでしたが、社会や経済の発展に伴い、信託をもっと様々な投資、金融手法として活用したいという声とともに、急速な高齢化に伴い、高齢者の財産管理や遺産承継を行う制度としても信託を活用したいという声が高まり、平成18年12月に信託法が改正され、平成19年9月より施行されました。
新信託法では、民事信託の運用方法が明確になり、家族や親族が受託者となって財産管理を行うことがより簡単な仕組みとなりました。
信託法が改正されてからまだ13年であり、民事信託の歴史はまだまだ浅いといえます。
民事信託のメリットとデメリット
次に、民事信託のメリットとデメリットについて紹介していきます。
【メリット】
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【デメリット】
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民事信託の登場人物
民事信託には、「委託者」、「受託者」、「受益者」という主に3人の当事者が登場します。
委託者 | 財産を持っている人であり、民事信託を委託する人 |
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受託者 | 委託者から財産を委託され、財産の管理・運用・処分を行う人 |
受益者 | 委託者が受託者に委託した財産より利益を享受する人 |
なお、委託者と受益者は同一人物でも問題ありません。民事信託は、この3人ないしは2人で信託契約を締結することによって開始します。
民事信託の活用例
次に、民事信託の具体的な活用例を紹介していきます。
(1)認知症になった後も孫たちに贈与を継続したい |
相続税対策のために10年かけて預金等を孫たちに贈与したいと考えているものの、既に判断能力が低下している場合に、成年後見制度を利用する代わりに、または成年後見制度を補完する形で民事信託を活用できます。 |
(2)事業承継や不動産承継への対応 |
中小企業等において、社長である自分が亡くなった後、経営権を妻に譲るものの、妻も亡くなった後に三男に会社を任せたいと思っている場合や自身が持っている不動産を亡くなった後に妻に相続させるものの、妻が亡くなった後は、次女に相続させたいと思っている場合に、民事信託の一つである「後継ぎ遺贈型受益者連続信託」を利用して二次相続を指定することができます。 |
(3)生前に遺産分割しておきたい |
自身も年を取り、前妻に連れ子がいたり、家族の中に意思能力のない人がおり、遺言書を遺したとしてもスムーズに遺産分割が進みそうになく、トラブルになる可能性があるため、民事信託を活用して生前にしっかりと遺産分割協議を行い、財産管理をすることが可能です。 |
その他にも、親なき後、障害のある子に毎月決まったお金を渡したい、仲の悪い親族には相続させたくない、自分が亡くなった後は、お世話になった介護施設へ財産を寄付したい、浪費ぐせのある子どもには、相続の際に一度に多額の財産を持たせたくない等様々な事例において民事信託の活用が期待できます。
民事信託の手続き方法
民事信託の手続き方法については、「民事信託の登場人物」の部分で述べたように、主に信託契約を締結する方法がありますが、それ以外にも遺言による方法や自己信託による方法があります。それぞれの手続き方法について詳しくみていきましょう。
(1)信託契約による方法
信託契約による方法では、委託者と受託者が、信託目的、信託財産の範囲、信託財産の管理・運用・処分方法、信託の終了事由、受益者等を記載した信託契約書を作成し、締結することで成立します。
(2)遺言による方法
委託者(遺言者)が遺言書に信託目的、信託財産の範囲、信託財産の管理・運用・処分方法、信託の終了事由、受益者等を記載する方法です。
遺言による信託の場合には、委託者が死亡したときに信託が開始されます。遺言による方法の場合の遺言書は、自筆証書遺言でも良いのですが、後々のトラブルを防止するためにも、公正証書遺言にしておいた方が良いかと思います。
(3)自己信託による方法
「信託宣言」とも呼ばれる方法であり、委託者が自ら受託者にもなることを宣言して信託を開始する方法です。委託者と受託者が同一人物であるということは、周りから明確に判断できないため、一般的に、自己信託は公正証書で行います。
行政書士による民事信託業務の具体例
さて、たくさん説明してきた民事信託制度ですが、行政書士は具体的にどのように関わることができるのかというと、例えば「民事信託の活用例」のところで述べたようなそれぞれの状況に応じた信託の設計、信託契約の手続き方法のアドバイス、法的に問題のない民事信託契約書の作成等のお手伝いができます。
遺言による方法や自己信託による方法の場合には、公正証書にすることが多いため、公証役場とのやりとりをしたりもします。
行政書士による民事信託業務のポイント
行政書士が民事信託業務を行う際のポイントとしては、依頼者からの相談内容をしっかりと聞き、民事信託を活用するのが妥当か否かをきちんと判断する必要があります。
民事信託のデメリットのところで述べたように、民事信託においては特に、信頼できる受託者がいることが大切です。受託者になる人の権限の幅は非常に広く、信託契約に基づく行為全てを行うことが可能です。
そのため、その一方で権限濫用を防止するために様々な義務が課せられることになります。
また、委託者に信頼されて選ばれた人であるため、受託者がまた別の人に自身の作業を代行させることは原則できず、自分自身で行わなければならないため、負担も多くなります。
義務を忠実に守り、受託者としての責任を全うできる人がいるか否かを確認して、適任者がいないと判断した場合には、民事信託以外の選択肢を検討、提案することが大切です。
行政書士による民事信託業務の報酬とは?
行政書士による民事信託業務の報酬の相場についてですが、信託契約書の作成であれば、平均約100,000円といわれています。信託契約書を公正証書にする場合には、別途費用が約5~6万円上乗せされます。その他、信託設計の提案に関する業務は、基本的には信託財産の評価額によって変わります。
不動産については、固定資産税評価額が基準となります。
例えば、信託財産の評価額が3,000万円以下の場合は最低30万円、3,000万円超1億円以下の場合は1%の報酬、1億円超3億円以下の場合は0.5%の報酬、3億円超5億円以下の場合は0.3%の報酬、5億円超10億円以下の場合は0.2%の報酬、10億円超の場合は0.1%の報酬というような形で報酬を指定します。
信託財産の評価額が高い場合には、1件の依頼でも大きな収入となる可能性があります。
民事信託のサポートを行う行政書士の数はまだまだ少ないため、これからより高齢社会が進むと言われている日本においては、民事信託業務の知識を増やし、積極的に取り込んでいくことで多くの収入が見込めるのではないかと考えます。
まとめ
現在の日本社会は超高齢社会といわれており、その対策として成年後見制度等が導入されてきましたが、民事信託制度はより柔軟な対応ができる制度として、また、時代に合った新たな相続の形として、大きく期待されています。
民事信託業務は、いわゆるコンサルティング業のような要素も含まれており、依頼者家族の人生設計のサポートを行うものといえます。
例えば、高齢の夫婦が将来認知症になっても、その夫婦や子どもがそれぞれ安心して生活を送ることができるようにしたり、また、高齢の夫婦の子どもに障害があって、夫婦が亡くなった後にもその子どもが毎日安心して暮らせるようにしたりする等様々なケースの相談にのり、様々な形でサポートすることができます。
民事信託業務は、人と人、社会と人をつないでいくことができる魅力的で素敵な業務だと思います。
北川えり子(きたがわ えりこ)
学びの楽しさをシェアしたい
【出身】東京都
【経歴】拓殖大学外国語学部卒。行政書士、海事代理士、宅建等の資格を保有。
【趣味】旅行、ドライブ
【座右の銘】雲外蒼天
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