簿記のスペシャリストによるこっそり裏講義

 皆さんこんにちは。

 前回、スカートめくり報道をみながら、消費税と社会保障費のことが頭をよぎった話をしました。なんだか、それ以降「社会保障」という言葉が気になってしまいます。いったい、誰が誰に“保障”という行為を行うのでしょう?

 gooの辞書サービスによると、“保障”とは「ある状態がそこなわれることのないように、保護し守ること」だそうです。「社会保障」を想定すると、困った人に対して、困っていない人が何らかの援助を行うことといったイメージを持ちます。健康保険であれば、病気になって困っている人に対して、病気になっていない健康な多くの人が保険料という形で医療費を補助する仕組み(経済的援助)ですね。社会を構成する多くの人が支援する側に回るので“社会”保障というのでしょう。そこには一部国からの拠出もありますが、そもそも、税金ですから、社会保障費の財源が税であろうと保険料であろうと、健康保険に関していうと、結局は、病気になった国民に対して健康な国民が経済的な援助を行う仕組みなんでしょう。

 ここで重要なことは、健康保険は必ず支援する側に回る一方で、支援される側に回るとは限らないということだと思います。(本当に治療が必要な)病気になったときに医療機関を受診するという理屈から言えば、ほとんどの人は払った保険料(支援額)よりも、補助してもらった医療費が多くなることはないはずです。そうしないとそもそもこの仕組みが成り立ちませんから。

 じゃ、年金はどうなるでしょう。働けなくなってしまい困っている国民(ほとんどが高齢者)に対して、現役で働ける国民が、生活費を補助する仕組みですね。ここで重要なことは、ほとんどすべての方が支援される側に確実に回るということです。以前は、若い人口が多く、高齢者が少ない状況でしたから、それでも問題なかったでしょう。すべての人が支援される側に回っても、それを上回る支援する側が誕生してきたのですから。当然ですが、それは継続的な人口増加を前提とします。だから、その前提が崩れた今、問題とされているわけですね。

 各種報道でもいわれているとおり、世代が若くなるほど保険料として支払う額が年金として受け取る額を上回る程度が大きくなります。最近生まれた子供たちは1億円の支払い超過なんていう記事も見かけます。これは、最近生まれた子供たちは、他人の生活を保障“する”ことはあっても、他人から生活を保障“される”ことはないということです。彼らにとって見ると(私の世代も程度の差こそあれ、本質は同じですが・・・)、そもそも社会“保障”ではないのです。

 スカートめくり報道を見ながら、(かわいい)我が2人の息子の将来を心配したのでした。



小野正芳

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