今回解説する重要判例:よど号ハイジャック新聞記事抹消事件
今回の判例解説シリーズ(憲法編)では、「よど号ハイジャック新聞記事抹消事件」(最大判昭和58年6月20日)を取り上げます。この事件は、未決拘禁者の「閲読の自由」が争点となった重要な判例です。憲法のテキストなどで、すでにご覧になった方も多いかもしれません。このシリーズは、重要判例をスマートフォンなどを使い、通勤電車の中や少しのスキマ時間を利用して、おさらいや学習を進めることを目的としています。この記事を通して、判例への理解を深めていただければ幸いです。
事件理解の前提知識:「未決拘禁者」と「勾留」・「拘留」の違い

本判例を理解する上で、まず「未決拘禁者」という言葉の意味を知る必要があります。
「未決勾留」(未決拘禁もほぼ同義です)とは、刑事手続において、犯罪の容疑で逮捕され、判決が確定するまでの間、刑事施設(拘置所など)に勾留されている状態を指します。つまり、まだ判決が確定していない「未決」の状態でありながら、逃亡などを防ぐために身柄を拘束されている人を「未決拘禁者」と呼びます。
ここで、よく似た言葉である「勾留」と「拘留」の違いについても確認しておきましょう。これらは読み方が同じですが、意味は全く異なります。
一つ目の「勾留」(こうりゅう)は、裁判で判決が確定するまでの間、被疑者や被告人の逃亡や証拠隠滅を防ぐ目的で行われる身柄拘束です。日本の刑事訴訟法では、逮捕された被疑者は3日以内に裁判官の面前に引致され、裁判官が勾留を決定すると、原則として刑事施設である拘置所に移され、最大20日間(特殊な犯罪では25日間)拘禁されます。起訴後の勾留期間は原則2ヶ月ですが、必要に応じて1ヶ月ごとに更新されることもあります。これが「未決拘留」や「未決拘禁」で問題となる「勾留」です。
一方、二つ目の「拘留」(こうりゅう)は、判決で言い渡される明確な刑罰の一種です。
したがって、本判例における「未決拘禁者」とは、まだ有罪判決が確定していないものの、逃亡や罪証隠滅の恐れがあるとして、裁判確定までの間、身柄を「勾留」されている人のことを指します。
関連知識:「代用監獄問題」について

未決拘禁者の勾留に関連して、「代用監獄問題」についても触れておきます。
日本の刑事訴訟法上、勾留が決定された被疑者は、本来、法務省が管轄する刑事施設である拘置所に移送されることになっています。しかし、実際には、監獄法の規定により、警察署に付属する留置所を監獄の代わりに用いること(代用監獄)が認められていました。そのため、多くの場合、被疑者は勾留決定後も、捜査を担当している警察の留置所にそのまま拘禁されることになります。
これがなぜ問題視されるかというと、留置所は捜査機関である警察の管理下にあります。そのため、捜査官による長時間の取り調べや、時には自白の強要が行われるリスクが指摘されています。本来であれば、被疑者の身柄は捜査機関から独立した拘置所で管理されるべきところ、捜査機関の施設に長期間留め置かれることで、被疑者にとって心身的な負担が大きく、人権上の問題があるとされています。これが「代用監獄問題」と呼ばれるものです。近年の著名な経済事件などでも、この問題が注目されました。
「よど号ハイジャック新聞記事抹消事件」の事案概要

それでは、本題である「よど号ハイジャック新聞記事抹消事件」の概要を見ていきます。
この事件は、いわゆる公安事件に関わるものです。新左翼と呼ばれる団体の活動家が、未決拘留者として東京拘置所に勾留されていました。この活動家は、自費で新聞を購読していました。
ある時、別の活動家が起こした「よど号ハイジャック事件」に関する新聞記事が、東京拘置所によって黒く塗りつぶされた状態で、この活動家に渡されました。
このような措置は、監獄法や関連規則に基づいたものでした。これらの法令では、未決拘禁者の文書等の閲覧は、拘禁の目的に反せず、かつ監獄の規律・秩序を害さない場合に限り許されるとされていました。そして、閲覧を制限すべき文書であっても、支障となる部分を抹消すれば閲覧させても良い、という規定があったのです。
拘置所側は、他の活動家による大きな事件の記事を読ませると、拘置所内の活動家が感化され、よからぬことを考える、あるいは規律・秩序を乱す恐れがあると考え、この記事の抹消措置をとったのです。
これに対し、活動家は「自分で購入した新聞の記事を勝手に塗りつぶすのはおかしい」として、この措置の違法性を訴えることになります。
裁判の経過と最高裁の結論:活動家の敗訴
新聞記事を抹消された活動家は、このような監獄法の規定及びそれに基づく拘置所の措置は、憲法で保障された「知る権利」(閲読の自由)を侵害し違憲であると主張し、国に対して損害賠償を求める裁判を起こしました。
しかし、第一審、第二審ともに活動家の訴えは退けられ、敗訴となりました。
最終的に、最高裁判所も、活動家の上告を棄却しました。最高裁は、東京拘置所長の行った新聞記事抹消措置について、「裁量権の逸脱または濫用の違法があったとすることはできない」と判断し、活動家の敗訴が確定しました。
最高裁判決の趣旨①:閲読の自由制限の合憲性
最高裁判所の判決の趣旨について、詳しく見ていきましょう。判決は、まず閲読の自由を制限する監獄法等の規定自体の合憲性について判断を示しました。
判決は、監獄法3条2項や監獄法施行規則86条1項(いずれも当時)の規定について、以下のように解釈しました。これらの規定は、未決勾留により拘禁されている者の新聞紙等の閲読の自由を、監獄内の規律及び秩序維持のために制限する場合について定めたものです。制限が許されるのは、「具体的事情のもとにおいて、当該閲覧を許すことにより、監獄内の規律及び秩序の維持上、放置することもできない程度の障害が生じる相当の蓋然性があると認められるとき」に限られます。そして、その制限も「右の障害発生の防止のために必要かつ合理的な範囲においてのみ」許される、としました。
このように限定的に解釈する限りにおいて、これらの規定が閲読の自由の制限を許していることは、憲法13条、19条、21条には違反しない、と判断しました。つまり、一定の条件下での閲読の自由の制限は合憲であるという規範を示したのです。
最高裁判決の趣旨②:本件措置の適法性
次に最高裁は、上記の規範(基準)を今回の具体的な事案にあてはめて、東京拘置所長の措置が適法であったかどうかを判断しました。
判決は、「いわゆる公安事件関係の被拘禁者による拘置所内の規律及び秩序に対するかなり激しい侵害行為が当時相当頻頻に行われていた」といった当時の状況を考慮しました。そのような状況下で、公安事件関係の被告人として未決勾留されている者が購読する新聞記事のうち、「いわゆる赤軍派学生によって行われた航空機乗っ取り事件(よど号ハイジャック事件)に関する部分」について、拘置所長がその全部を抹消する措置を取ったことには、「違法があるとは言えない」と結論付けました。
要するに、監獄内の規律・秩序維持のためには、具体的な状況下で、放置できない程度の障害発生の相当な蓋然性がある場合には、必要かつ合理的な範囲で閲読の自由を制限することは憲法に違反しない、という基準を示した上で、今回のよど号ハイジャック事件の記事抹消措置は、当時の状況に照らして、その基準の範囲内であり、違法ではないと判断したのです。
この判例を理解する上では、まず法律(監獄法等)の合憲性に関する「規範定立」の部分と、次に具体的な事案(拘置所長の措置)への「あてはめ」の部分を区別して考えると分かりやすいでしょう。

判決文のポイント確認:重要語句の理解
最後に、この判決の趣旨を理解する上で特に重要なポイントと語句を確認します。
最高裁が示した規範の中心部分には、「未決勾留により拘禁されている者の新聞紙等の閲読の自由を、監獄内の規律及び秩序維持のため制限する場合においては、具体的事情のもとにおいて、当該閲覧を許すことにより右の規律及び秩序の維持上、放置することもできない程度の障害が生じる相当の蓋然性があると認められるときに限り…」という判断があります。
この一文には、本判決の核心が詰まっています。まず、対象となるのは判決確定前の「未決勾留」者であり、制限される権利が「閲読」の自由であることが明確にされています。
そして、最も重要な基準となるのが「相当の蓋然性」という言葉です。「蓋然性(がいぜんせい)」とは、ある事柄が起こる確からしさの度合いを指す法律用語です。つまり、単なる抽象的な可能性だけでは閲読の自由の制限は許されず、規律や秩序が乱されるという具体的な障害が「相当程度の確からしさ」をもって予測される場合にのみ、制限が正当化されるという厳しい基準を示した点が大きなポイントです。
このように、判決文で使われている重要な語句の意味と、それが示す基準を正確に理解することが、判例学習においては不可欠です。
今回は、「よど号ハイジャック新聞記事抹消事件」について解説しました。憲法の判例学習は重要ですので、今後も様々な判例を紹介していく予定です。