損失補償とは?国家賠償との違いについても解説します。

更新日:2021年7月12日

「損失補償」とは、国又は公共団体の適法な行政活動の結果、特定の個人に発生した財産的損失を補填するために、公平な負担という見地から、その補償を国又は公共団体に対して請求する制度のことをいいます。

目次

国家賠償との違い

「国家賠償」とは、国又は公共団体における公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって「違法」に他人に損害を与えたときに、国又は公共団体が責任を負うことをいいます。

損失補償は、上述のとおり、「適法」な行政活動の結果生じた損失を補填することをいいます。

そのため、国家賠償と損失補償では、「違法」な行為を前提としているか、「適法」な行為を前提としているかという部分で大きな違いがあり、この部分は、よく行政書士試験においても問われます。

また、そもそも憲法上の根拠規定が異なり、損失補償は後ほど紹介する憲法第29条3項が根拠規定ですが、国家賠償法は、憲法第17条が根拠規定となっています。

【憲法】

第17条 何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる。

損失補償の根拠

損失補償の根拠規定は、憲法第29条3項にあります。損失補償には、一般法は存在せず、個々の法律に補償規定があります。

第29条3項 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。

この憲法第29条3項の法的性質をめぐっては、①プログラム規定説、②違憲無効説、③請求権発生説という3つの学説が主に存在しています。

① プログラム規定説
 憲法第29条3項は、ただの政策上の指針であるとする説です。

② 違憲無効説
 補償規定がない法律は、違憲無効であるとする説です。

③ 請求権発生説
 仮に個々の法律に補償規定がない場合でも、その法律自体が違憲となるものではなく、憲法第29条3項を根拠として直接、損失補償の請求をすることができるとする説です。

このうち、通説・判例の立場は、③請求権発生説です。

損失補償の目的

損失補償の目的は、財産権を侵害された人の財産権を保障することと、社会連帯の見地から、特定個人が被った犠牲を他の社会構成員と平等に負担することです。

損失補償の要件

損失補償の要件は、①財産権に加えられた制限が、社会生活において一般的に要求される受忍の限度を超えるほど本質的な制限であること(実質的基準)と②平等原則に反する負担であること(形式的基準)です。

「正当な補償」とは?

憲法第29条3項にいう「正当な補償」とは、どのような補償のことをいうのかについては、(1)完全補償説と(2)相当補償説という2つの説があります。

(1) 完全補償説
損失が発生した場合に、その財産的価値に見合う完全な補償をすべきとする説です。

(2) 相当補償説
土地収用等により発生した損失について、その当時の社会経済事情や国家財政等を総合的に考慮して算出した相当額の補償をすべきとする説です。

損失補償の方法

損失補償の方法は、原則として金銭補償ですが、例外的に現物補償も認められています。支払い時期については、土地収用等と同時期である必要はないと考えられています。

損失補償をめぐる判例

損失補償に関する代表的な判例は、主に5つ挙げられます。以下、それぞれの判例について詳しく紹介していきます。

最判昭和43年11月27日

【事案】

Xらは、知事の許可を得ないで甲川堤外民有地で数回砂利採取行為等をしたため、河川附近地制限令第4条2号に違反するとして起訴されました。

【争点】

①河川附近地制限令第4条2号「河川附近の土地の堀削その他土地の形状の変更をする者は都道府県知事の許可を受けなければならない」という規定および第10条「第4条の規定に違反した者は3ヶ月以下の懲役、3万円以下の罰金、拘留又は科料に処する」という規定は憲法第29条3項に違反するか

②損失補償に関する規定がない場合でも、直接憲法第29条3項を根拠として、補償請求できるか

【理由および結論】

①河川附近地制限令第4条2号の定める制限は、河川管理上支障のある事態の発生を事前に予防するため、単に所定の行為をしようとする場合には、知事の許可を受ける必要がある旨を定めているにすぎない。

そのため、このような制限は、公共の福祉のためにする一般的な制限であり、原則、何人も受忍すべきものである。

このように、同令第4条2号の定め自体は、特定の人に対して、特別に財産上の犠牲を強いるものとはいえないため、その程度の制限を課するためには損失補償を要件とするものではない。

したがって、河川附近地制限令第4条2号、第10条は憲法第29条3項に違反しない

②憲法第29条3項の趣旨に照らし、また、河川附近地制限令第1条、第3条および第5条による規制について第7条の定めるところにより、損失補償をすべきものとしていることとの均衡から、Xの被った現実の補償については、その補償を請求することができると解する余地がある。

さらに、同令第4条2号による制限について同条に損失補償に関する規定がないからといって、同条があらゆる場合についていっさいの損失補償をまったく否定する趣旨とまでは解されない。

したがって、財産上の犠牲が単に一般的に当然受任すべきものとされる制限の範囲を超え、特別の犠牲を課したものである場合には、これについて損失補償に関する規定がなくても、直接憲法第29条3項を根拠として、補償請求する余地がある。

最判昭和28年12月23日

【事案】

政府がXの所有する農地を、自作農創設特別措置法に規定する最高価格で買収しましたが、Xは、自作法創設特別措置法には、農地買収計画による対価についての価格算出方法が、経済事情の激変等を考慮していないため、正当な補償か否かを決定するための基準となりえないこと等を理由に、買収対価の増額を求めて訴訟提起しました。

【争点】

①憲法第29条3項にいう「正当な補償」とはどのような補償なのか

②自作農創設特別措置法における買収対価は、「正当な補償」といえるか

【理由および結論】

①憲法第29条3項にいう財産権を公共の用に供する場合の正当な補償とは、その当時の経済状態において成立することを考えられる価格に基づき、合理的に算出された相当な額をいうものであって、必ずしも、常にかかる価格と完全に一致することを必要とするものではないと考えられる。

財産権の内容は、公共の福祉に適合するように法律で定められるものを本質とするため(憲法第29条2項)、公共の福祉を増進し又は維持するため必要がある場合には、財産権の使用収益又は処分の権利にある制限を受ける場合があり、また、財産権の価格についても特定の制限を受けることがあって、その自由な取引による価格の成立を認められないこともあるからである。

②対価の採算方法を自作収益価格に基づき採算したことは、自作農創設特別措置法の目的から当然といえること等から、自作農創設特別措置法における買収対価は、憲法第29条3項の正当な補償にあたる。

最判昭和48年10月18日

【事案】

X1、X2の所有する土地は、都市計画法に基づく内閣総理大臣の「計画街路」の決定によって、倉敷都市計画街路に決定されました。その後、土地収用法に基づき、起業者である鳥取県知事Yにより土地細目の公告がなされました。

Yは土地取得のためにX1、X2と協議を行ったものの不調となったため、建設大臣に収用土地の区域や収容時期について裁決を求め、裁定がなされました。そこで、Yは、鳥取県収用委員会に対して本件土地の損失補償について裁決申請をして、これに対して同委員会は、X1、X2それぞれに損失補償額を出しました。

ところが、X1、X2は補償額が近傍類地の売買価格と比較して低いと主張して、Yに対して不足分の請求をしました。

【争点】

都市計画法に基づき、土地を収用する場合、被収用者に対して、土地収用法第72条によって補償すべき相当な価格を定める際に、当該都市計画事業のためにその土地に課せられた建築制限を斟酌しても良いか

【理由および結論】

土地収用法における損失補償は、特定の公益上必要な事業のために土地が収用される場合に、その収用によって当該土地の所有者等が被る特別な犠牲の回復を図ることを目的とするものである。そのため、完全な補償、すなわち、収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償をなすべきである。

そして、金銭をもって補償する場合には、被収用者が近傍において被収用地と同等の代替地等を取得することをうるに足りる金額の補償を必要とする。

したがって、土地収用法第72条はそのような趣旨を明らかにした規定と解される。

もっとも、被収用者に対して土地収用法第72条によって補償すべき相当な価格を定める際に、当該都市計画事業のため、上記土地に課せられた建築制限を斟酌してはならない。

最判昭和38年6月26日

【事案】

奈良県内にあるため池(甲)は、Xらの総有のものとなっていましたが、奈良県が、「ため池の保全に関する条例」を制定したことにより、ため池の堤とうにおける耕作が禁止されました。ところが、Xらは耕作を続けていたため、条例に違反するとして、県よって訴訟提起され、第一審で、Xらに罰金刑が科されました。

しかしながら、第二審で、本件条例が憲法第29条2項「財産権の内容は、公共の福祉に適合するように、法律でこれを定める。」という規定に違反すること、何の補償もせずにXらの財産権を制約することは同条第3項に違反するとして、Xらが無罪とされたため、上告しました。

【争点】

「奈良県ため池の保全に関する条例」は、憲法に違反するか

【理由および結論】

「奈良県ため池の保全に関する条例」は、災害を防止し公共の福祉を保持するためのものであり、その規定は、ため池の堤とうを使用する財産上の権利の行使を著しく制限するものではあるが、結局それは、災害を防止し公共の福祉を保持する上で社会生活上やむを得ないものであり、そのような制約は、ため池の堤とうを使用し得る財産権を有する者が当然受忍しなければならない責務というべきものであつて、憲法第29条3項の損失補償はこれを必要としないと解するのが相当である。

最判昭和24年7月13日

【事案】

食糧管理法に基づき、政府が供出米を農民Xから買入したものの、その代金の支払いが供出後に行われたため、Xが供出米の買入代金を供出と同時に支払わないことが憲法第29条3項に違反するとして訴訟提起しました。

【争点】

政府が供出米の買入代金を供出と同時に支払わないことは違憲か

【理由および結論】

憲法第29条は、財産権の不可侵を規定すると共に「私有財産権は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる」と定めている。したがって、国家が私人の財産を公共の用に供するにはこれによって私人の被る損害を填補するに足りるだけの相当な賠償をしなければならないことは言うまでもない。

しかしながら、憲法は「正当な補償」と規定しているだけであつて、補償の時期については少しも言明していないのであるから、補償が財産の供与と交換的に同時に履行されるべきことについては、憲法の保障するところではないと言わなければならない。

もっとも、補償が財産の供与より甚しく遅れた場合には、遅延による損害をも填補する問題を生ずるかもしれないものの、だからといって、憲法は補償の同時履行までをも保障したものと解することはできない

まとめ

「損失補償」とは、国又は公共団体の適法な行政活動の結果、特定の個人に発生した財産的損失を補填する制度であり、国家賠償とは、「違法」な行為を前提とする点で異なります。

損失補償は、憲法第29条3項が根拠規定とされています。

損失補償には、一般法は存在せず、個々の法律に補償規定がありますが、仮に個々の法律に補償規定がない場合でも、その法律自体が違憲となるものではなく、憲法第29条3項を根拠として直接、損失補償の請求をすることができます。

損失補償の要件には、①実質的基準と②形式的基準が両方必要であり、「正当な補償」の意味については、①相当補償説と②完全補償説があり、判例は、どちらの説も採用しています。

損失補償の方法は、原則金銭補償ですが、例外として現物補償の場合もあります。支払い時期は、前払いや同時である必要はないとされています。

この記事の監修者は
福澤繁樹(ふくざわ しげき)

分かりやすくて勉強する気になる講義を目指したい!
【出身】千葉県
【経歴】明治大学法学部卒。行政書士、宅地建物取引士、マンション管理士。行政書士みなと合同事務所にて開業・日々業務を行っている。千葉県行政書士会所属。
【趣味】料理を作り、美味しいお酒と一緒に食べること
【受験歴】2000年の1回目受験で合格
【講師歴】2001年7月1日からフォーサイトで講師をスタート
【刊行書籍】「行政書士に3ヶ月で合格できる本」(ダイヤモンド社)
【座右の銘】見る前に跳べ
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