憲法の私人間効力とは?わかりやすく解説します!

辞書とバッジ

憲法は、伝統的には、国家権力から国民の自由と人権を守るためものと考えられてきました。

しかしながら、20世紀に入り、資本主義経済が発達すると、私人でありながら、巨大な権力(社会的権力)を有する企業等が登場し、そのような企業等によって人権侵害がなされるようになりました。

このような背景から、私人間でも憲法の人権規定を適用して、国民の自由と人権を保護することができるのかについて問題が出てきました。

これが、憲法の「私人間効力」の問題です。

目次

私人間効力をめぐる学説

憲法の私人間効力については、「間接適用説」、「直接適用説」、「無適用説」という3つの学説が対立しています。

それぞれの学説について紹介していきます。

間接適用説(通説)

私法の一般条項の解釈を通して、憲法の人権保障の趣旨を反映させることにより、間接的に憲法の効力を私人間に及ぼして適用すべきとする説です。

私法の一般条項というのは、民法第1条(信義則)、第90条(公序良俗)、709条(不法行為)等です。

この間接適用説が、現在の通説となっています。

〔民法〕

基本原則

第一条 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。

2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。

3 権利の濫用は、これを許さない。

公序良俗

第九十条 公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。

不法行為による損害賠償

第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

直接適用説

直接適用説とは、憲法の人権規定を私人間にも直接適用すべきとする説です。憲法は単なる国家の枠組みを定めたものではなく、国民生活のあらゆる領域における客観的価値基準であるという考え方を根拠としています。

しかしながら、直接適用説は、①私人間の自由な合意や契約を尊重するという私的自治の原則や契約自由の原則を侵害する②国家権力からの自由という人権の本質を薄めるものになるという批判があります。

無適用説

無適用説は、私人間での適用が明文で規定されている条項以外は、私人間には適用すべきでないとする説です。

無適用説は、憲法本来の趣旨に忠実であるものの、私人間の人権侵害を放置するものとなるという批判があります。

私人間効力をめぐる判例

では、次に、私人間効力をめぐる代表的な判例として、4つの判例を紹介していきたいと思います。結論を先に言ってしまうと、判例の立場も学説と同じく間接適用説を採用しています。

三菱樹脂事件(最判昭和48.12.12)

【事案】 

原告Xが大学卒業後、三菱樹脂株式会社に管理職候補として採用され、3カ月間の使用期間が設けられていました。しかし、Xが大学在学中に学生運動に参加していたことが発覚し、本採用を拒否されてしまいました。これに納得がいかないXは拒否処分の無効を求めて訴訟提起しました。

【争点】

①私人間でも憲法の人権規定を直接適用することができるか?

②特定の思想を持つことを理由として、採用拒否することが違法か?

③会社の入社試験の際に、応募者の思想・信条に関することを質問することが違法か?

【理由および結論】

①について、憲法の人権規定は、国又は公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人間相互の関係を直接規律することを予定するものではない。ただし、私的支配関係において、個人の自由・平等に対する侵害がある場合には、民法第1条の信義則や権利濫用、民法第90条の公序良俗や不法行為に関する規定によって調整を図ることは可能である。

②について、憲法は第22条の職業選択の自由や第29条の財産権の保障において、営業その他広く経済活動の自由を人権として保障している。そのため、会社は、経済活動の一環として、契約締結の自由を有しており、どのような労働者をどのような条件で雇用するかを決定する自由があると考えられる。そのため、特定の思想・信条を有するために、会社が採用拒否したとしても、当然に違法とすることはできない。

③について、特定の思想・信条を有するために、会社が採用拒否したとしても、当然に違法とすることができない以上、会社が応募者の採用不採用の決定にあたって、応募者の思想・信条を調査し、応募者からこれに関連する事項についての申告を求めることも違法ではない。

結果として、この事案ではXの訴えが退けられました。

日産自動車事件(最判昭和56.3.24.)

【事案】

女性であるXの勤務先では、定年を男性55歳、女性50歳とする就業規則が定められていました。50歳が近づいたXは、会社から退職を命ずる予告がされたため、男性と女性の定年年齢が異なる就業規則は憲法14条の法の下の平等違反であるとして訴訟提起をしました。

【争点】

男女によって定年年齢に差がある就業規則は、憲法14条に違反するか?

【理由および結論】

就業規則で女子の定年年齢を男子より低く定めた部分は、専ら女子であることのみを理由として差別するものであり、性別のみによる不合理な差別を定めたものであるから、憲法第14条の趣旨に鑑み、民法第90条の規定により無効である。

結果として、この事案ではXの主張が認められました。

昭和女子大事件(最判昭和49.7.19)

【事案】

私立大学である昭和女子大学は「生活要録」という学生規則を定めていました。学生XとYが、無届で政治的暴力行為防止法案に対する反対署名運動を行い、許可なく外部政治団体に加入申請しましたが、これは「生活要録」に反する行為でした。

大学側はこれを制止しようとしましたが、学生XとYは、対決姿勢を示していました。そのため、大学側は2人を退学処分にしました。これに対して、2人は身分確認訴訟を提起しました。

【争点】

私立大学における学生の政治的活動に対する規制に合理性があるか?

【理由および結論】

憲法第19条の思想・信条の自由や第21条の表現の自由、第23条の学問の自由等の自由権的基本権の保障規定は、国又は公共団体の統治行動に対して個人の基本的な自由と平等を保障することを目的とした規定であって、専ら国又は公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互間の関係について当然に適用又は類推適用されるものでない。

その上で、大学は国公立、私立を問わず、教育・研究のための公共施設であり、特に私立学校では、建学の精神に基づく独自の伝統や校風、教育方針によって社会的存在意義が認められ、学生もそれに基づいて教育を受けることを希望して当該大学に入学するものと考えられる。

そのため、大学は、その伝統や校風、教育方針を学則等において具体化し、これを実践することが認められるべきであり、学生も、その規律に従うことを義務づけられるものといえる。

そして、私立大学の中でも、学生の勉学専念を特に重視し、あるいは比較的保守的な校風を有する大学が、その教育方針に照らして学生の政治的活動はできるだけ制限するのが教育上適当であるとの見地から、学生の政治的活動につき、広範な規律を及ぼすとしても、社会通念上学生の自由に対する不合理な制限であるということはできない。

結果として、この事案ではXおよびYの主張は退けられました。

百里基地訴訟(最判平成元.6.20)

【事案】

国が航空自衛隊の基地を建設するために地主Aから土地を購入する計画を立てていたところ、基地建設に反対するXが建設予定地をAから先に購入しました。しかし、Xは代金を全額支払わなかったため、Aは売買契約を解除し、改めて国に売却しました。

国がX名義になっていたこの土地の登記抹消と、国の所有権確認を求める訴訟を提起したところ、Xは自衛隊は憲法9条に違反する存在であるとして、国による土地売却行為が無効であると主張しました。

【争点】

①国が私人と対等の立場で行う私法行為は、憲法第98条1項の「国務に関するその他の行為」にあたるか?

②憲法第9条は、私法行為に直接適用されるか?

【理由および結論】

①について、「国務に関するその他の行為」とは、公権力を行使して法規範を定立する国の行為を意味する。そのため、行政処分、裁判等の国の行為は、個別的・具体的ながらも公権力を行使して法規範を定立する国の行為であるから、そのような法規範を定立する限りにおいて国務に関する行為に該当するものの、国の行為であっても、私人と対等の立場で行う国の行為は、法規範の定立を伴わないため、憲法第98条1項にいう「国務に関するその他の行為」に該当しない。

②について、国が行政の主体としてではなく私人と対等の立場に立って、私人との間で個々に締結する私法上の契約は、当該契約がその成立の経緯や内容において実質的にみて公権力の発動たる行為となんら変わりがないといえるような特段の事情のない限り、憲法第9条の直接適用を受けず、私人間の利害関係の公平な調整を目的とする私法の適用を受けるにすぎないものと解する。

結果として、この事案では、国の売買契約が私法上の契約としての効力を否定されるような行為であったとはいえないとして、Xの主張は退けられました。

直接適用される規定もある!?

さて、これまで紹介してきたとおり、判例、通説ともに間接適用説が採用されていますが、憲法では、私人間に直接適用する規定も存在します。

①秘密選挙(第15条4項)

②奴隷的拘束の禁止(第18条)

③個人の尊厳と両性の平等(憲法24条)

④児童酷使の禁止(第27条3項)

⑤労働基本権(第28条)

これらの規定については、たとえ私人間であっても直接適用されるため、私人間効力の問題はそもそも生じません。

まとめ

私人間効力についてご理解いただけましたでしょうか?

覚えていただきたい重要ポイントとしては、下記の通りです。

①私人間効力には、「間接適用説」、「直接適用説」、「無適用説」の3つの説が対立しており、間接適用説が通説、判例の立場であるということ

②例外的に私人間に直接適用する規定が存在するということ

そして、紹介した判例は全て行政書士試験でもよく出題される重要判例ですので、覚えていただきたいと思います。

この記事の監修者は
福澤繁樹(ふくざわ しげき)

分かりやすくて勉強する気になる講義を目指したい!
【出身】千葉県
【経歴】明治大学法学部卒。行政書士、宅地建物取引士、マンション管理士。行政書士みなと合同事務所にて開業・日々業務を行っている。千葉県行政書士会所属。
【趣味】料理を作り、美味しいお酒と一緒に食べること
【受験歴】2000年の1回目受験で合格
【講師歴】2001年7月1日からフォーサイトで講師をスタート
【刊行書籍】「行政書士に3ヶ月で合格できる本」(ダイヤモンド社)
【座右の銘】見る前に跳べ
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